ひがしまきの日記 2007年7月
2007年7月31日(火)
海へ
妻の退院を前に長男を連れて海に行った。
もっともお手軽な三浦半島三戸浜である。
今回の目的は釣りと海水浴、ファミリーフィッシングポイントなので長男を放置しても問題ない。
但しテトラは危険。
昨日までの雨の影響で気温が低い。
釣りには最適と言えるが海に入るのは・・・・。

午前10:00まで投げ釣りとウキ釣りでササノハベラ、キュウセン、ニシキベラ、ドンコ、ウミタナゴ、
ネンブツダイをゲット。
でも投げ釣りはあまりに釣れないためほとんどがウキ釣りによる釣果である。

その後(覚悟の上)海パンに着替えた。
長男も私もブルブル状態。
水中メガネデビューの長男も1時間でギブアップ。

この夏は家族旅行は予定していないため近場に単発で行きたいと思っている。
2007年7月30日(月)
準備
決算のことである。
各種書類を作りまとめているのだが少々ばて気味である。
倉庫のたな卸しだけでも相当量があり仕分けと分類で半日は費やす。
その後PCへの打ち込み作業になるが集中力が鈍っていることに気付く。
年に1回のことであるがどうにも苦手なのである。
2007年7月29日(日)
皆で
母と長男を連れて妻の面会に行った。
面会時間は13:00~ということもあり午後一番で自宅を出たのだがこれが大変だった。
大雨である。
国立駅周辺は道路、歩道とも川のようになっており電車に乗り込む頃には
水を吸って体が重くなった。

妻の容態はすこぶる順調で水曜日の退院が待ち遠しい。
2007年7月28日(土)
サウナ
四谷にて終日作業である。
5階建てのこのビルはカーテンウォール工法で出来ている。
建物の外壁のほとんどがガラス張りと言うこと。
開閉できる窓はほとんど無く日差しをくらいながらの作業・・・。

乾きました。。。
2007年7月27日(金)
横浜へ
妻の手術以来まともに仕事をしておらず(入れていなかった)今日より始動した。
今日は横浜でずいぶん前からのお得意様邸でフェンスの部分塗装である。
久しぶりの炎天下・・・・・効いた!!!
2007年7月26日(木)
妻のその後 3
昼より長男を連れて川に行った。
自転車で20分ほど離れた場所であるが中々のポイントである。
長男、いくつかの巻貝ゲット!
また我が家に家族が増えた感あり。
(実は昨日もサワガニをもらってきよった!同時に毎日ノコギリクワガタも増え続けている。)
帰りは雨に降られ・・・・。

面会時間の19:00過ぎに妻の病院へ。
毎日水を届けているのである。
B1階まで行けば売店やコンビニがあるものの一人で行く事は許されておらず
家族の立会いが必要なのだ。
面倒なのでいつも駅の売店で購入して持っていく。
病室に入り「おまたへ!」と水の入った袋を渡し「じゃっ サイナラ」程度の面会であった。

20:00頃妻からメールが来た。
先生の話では
「もしかしたら来週の水曜日あたりに退院できるかも?」
との事である。
2007年7月25日(水)
妻のその後 2
午前中にホッチキスは外され同時に心電図と薬剤3種が入った点滴も外された。
これで体に装着されたものは無くなった。
大手術から1週間、恐るべきは医学である。
日にち薬で快復に向うだろう。
2007年7月24日(火)
妻のその後
一般病室へ移った。 
とは言ってもまだナースステーションには近い。
明日は胸に刺さる10数箇所のホッチキスを外す予定である。
2007年7月16日(月)
虫君たち 2
現在のブーム(?)はノコギリクワガタである。
昨日と今日でオスが6匹、メスが4匹も飛んできた。

以下は選別時の写真である。

コクワガタ オスたち                     コクワガタ メスたち
 

ノコギリクワガタ オスたち                 同左
 
2007年7月22日(日)
虫君たち
我が家の虫君たちには日々仲間が増え続けている。
数えてみる事にした。

コクワガタ オス 32匹
コクワガタ メス 18匹

ノコギリクワガタ オス 14匹
ノコギリクワガタ メス 6匹

カブトムシ オス 2匹
カブトムシ メス 2匹

合計74匹である。

全くもって恐ろしい数字になっており選別時に とりあえず長男が選んだ8匹を逃がしに行かせた。
8匹を逃がして帰ってきた長男は2匹のカブトムシ メスを捕ってきた。

モー! カンベン!
2007年7月21日(土)
その後 3
昨日の面会後電車を乗り継ぎ昔お世話になった人に会いに行った。
同業者と言えるが先方は大手の塗装会社の支店長である。
今ある資格取得はこの人の一言で始まったのだ。
急な来社にも関わらず快く対応してくださった。
10年ぶりにお会いし感謝の言葉を並べようとするも
10年間のあれこれやホームページのお話をするに留まった。
今度お酒を飲みながらでもお話をさせていただきたい。

夜は若葉団地にてお祭りがあった。
長女は早々と出陣。
遅れて長男を連れ二回りしたところでギブアップ。
人、多すぎ!!!


この日の妻は首の点滴と、お腹に刺さっていた管(知らなかった!)が外れ
それぞれを麻酔無しで縫われたそうである。 痛い!!!!
しかし顔色は良く一般の病室への引越しも近い。
2007年7月20日(金)
その後 2
GICUに面会に行った。
インターフォンごしに「一般病棟に移動されました」と。
急いで移動階のナースステーションへ。
手順通りナースステーション裏の“プチICU”に移動になっていた。

左腕の点滴と蒸気マスクは外され両鼻にパイプ状の酸素送りが付いているだけとなっていた。
左手の点滴痕は少し裂けたらしく縫われたそうである。 痛い!。

現況はのどにたんが絡みうまく出せない。
同じ体勢でいるため腰が痛い。
と、言う程度である。

本来ならば術後3~4日は集中治療室からは出られない。
体温を25度まで下げ、心臓を止めての大手術をしたのにも関わらず
輸血もせずに・・・今は一般病棟にいる。
奇跡か?と、思えるほどの快復ぶりである。
手刀医の志水秀行先生やスタッフの方々、看護士の皆さんに感謝しかない。
2007年7月19日(木)
その後
GICUの面会時間は13:00~15:00である。
儀母と待ち合わせて13:00に行った。
インターフォンで問い合わせるとすぐに入室できた。

そこには目が開いている妻がいた。
蒸気入りの酸素マスクを付けられているものの人工呼吸器は外されていた。
そして会話もできた。
第二、第三関門がすでに突破されていたのだ。
苦しさや痛みは無いとの事。
点滴などを固定するテープが突っ張るのが気になる程度らしい。

ほんの少し緊張がほぐれた私と涙をぬぐう儀母は病院を後にした。
2007年7月18日(水)
手術当日
朝6:00過ぎにバスにてJR国立駅へ。
今日の長い1日を覚悟しながら乗り込んだ。

7:30過ぎに病室到着。 このとき妻はすでに点滴を引きずっていた。
栄養剤らしい。
8:45、荷物移動をしながら見送りはその階のエレベーターまでである。
その後看護士にGICUの待合室に案内された。 GICU=ICU=集中治療室
予定では10時間。
追加の手術をしなければならない場合日付が変わると言われており
ドカッと長いすに腰掛けた。

15:10、ウトウトしていた私が呼ばれた。
手刀医の先生。
「終わりました」と。
すぐに別室に呼ばれ説明を聞いた。

 予定していたより順調に進み 非常に良い状態で手術が完了しました。
 部位は3Dのレントゲン写真通り・・・・・。
 合計3つの人工血管が入りました。
 この手術で輸血は行いませんでした。
 第一関門クリアです。
 第二関門は意識が戻り、手足と内臓機能が正常に働く事。
 第三関門は人工呼吸器を外す事。
 その後一般病棟に戻れます。
 今から顔を見ていただきます。

GICUの妻のところに行った。
人工呼吸器、鼻に管、首に点滴、腕に点滴。
うす目を開け手足を動かしもがいていた。
麻酔が切れ、意識が戻りつつある様子。
一声掛けるのがやっとだった。

今からもう一度眠らせ深夜に再び意識が戻るらしい。
2007年7月17日(火)
いよいよ
午前中に妻が本手術を前に最終的とも言える検査をした。
胃カメラのきついバージョンといったものらしい。
結果はとりあえず良好との事。
私は昼前後にいたが妻の入浴時間や夕刻に友人たちが来てくれるとあって
早々と退散した。
明日は長い一日になる。
2007年7月16日(月)
見舞い
昨日は長男、今日は長女を連れて妻の見舞いに行った。
本手術箇所以外にも2~3点爆弾を抱えているので検査の数が多いようだ。

今日、行った際には儀母と友人の恵子が来てくれており
エレベーターを降りて廊下を歩いていて誰が来ているのか分かったほどウルサかった。
迷惑千万である。
明日の夕方には大学時代の友人たちが多数訪れるらしく
午前中から午後にかけてが私の出番のようだ。

私の現場作業は全て全休としているが今日は職人1名に板橋区の大学新築工事の
最終作業を任した。
この先しばらくは作業に出られそうにない。
2007年7月15日(日)
九中おやじの会
昨日の午後、長女の通う立川市立第九中学校で清掃ボランティアをした。
九中おやじの会発足である。
天候の悪い中先生方9名、おやじ達8名の参加であった。
今回は第1回目ということもあり今後の展望についてはそれほど触れず
親睦を深めるのが目的であった。

親睦会第二部においては腕相撲が行われた。 (誰だ!言い出したのは?)
無謀にも大工の棟梁と対戦。
結果、1勝1敗ではあったが私が及ぶ相手ではない。
やるからには負けるのがいやな私としては悔しさが一杯であるのも事実。
今度言い出した人を見つけたら口にお絞りを突っ込んでやる!
って、実はやる気満々の私の手首は少々熱を持っている。
2007年7月14日(土)
リスク
ここで言うリスクとは手術による死亡する確率をさす。

午前中に病院に行き手刀医の志水秀行先生に手術説明を受けた。
先月の検査入院の際にはザックリとした部分の説明であったが
今回は詳細な説明であり書類に署名した。

リスク5(+10)%
書類にはそう記されている。

国内でも有数の名医による手術である。
必ず元気に帰ってくる事を信じているのでここまで書けるのだ。
2007年7月13日(金)
妻の入院
朝一番は板橋区の大学で段取りと不要材引き上げ。
その足で信濃町の慶應病院へ。
妻の入院である。
この先およそ1ヶ月間の予定。
家族の生活に支障が出ないようにしなければならず母も忙しい。
手術当日の18日(水)は何があっても仕事はキャンセルである。
気合を入れて事にあたる。
2007年7月12日(木)
とりあえず
とりあえず今日の午前中に板橋区の大学の塗装作業が完了した。
でも正確には完了ではなく恐ろしいほどの養生バラシがある。
張物、巻物、敷物と種類は色々あるがどの部位も水を吸っており重い。
半分弱が剥がし終わったが午後からの雨で全身びちょびちょの1日であった。
2007年7月11日(水)
母来る
今日も雨。 作業は中止である。
午前中に国立のマンションの現調見積り。
6月26日の日記に書いた管理会社の依頼である。
鉄部塗装のみであるがエントランスの漏水が気になった。
それほど難しくなさそうなので機会があればすぐに直してあげたいと思った。

夕刻、実家から母が来た。
いよいよ(?)である。
2007年7月10日(火)
やまと
朝6:00前には職人たちが集合したがそのタイミングでパラパラ。
雨で作業は中止である。

妻に今日は何もしない宣言をしゴロン。
午前中に2回も昼寝をした。 こんなことは初めてである。
昼に近所に住む妻の友人2人とランチに行った。
五日市街道沿いのうどん屋。
前々から噂を聞いていたが気に入った。

夕刻、久しぶりに高幡不動の居酒屋やまとに借りていたものを返す口実で出陣。
坂本さん夫妻、堀部さん夫妻、赤石さん夫妻(?)と懇談。
久保田さんが居ないのが残念である。

中でも坂本さん(ご主人)とのビジネス話は盛り上がった。
コンプライアンス、雇用体制、安全衛生、ミッションステートメントなど
今を生きる者としては重要かつ必須事項である。
坂本さんは明日の夕刻に鹿児島へ飛び翌朝種子島着。
すぐさま東京に帰りそのまま車で山形へ走る予定らしい。
お気をつけて。。。
2007年7月9日(月)
盛り上がり
板橋区の大学新築工事現場はあと少しと言った感じで盛り上がっている。
とりあえず仕上げ塗り工程があと2時間程度か?
エアレススプレー2台での作業、弱溶剤型のフッ素仕上げである。

問題は明日以降の天気であり空に向って祈る・・・拝む心境である。
2007年7月8日(日)
感謝
今日も朝から仕事である。
それもあと数日で納められそうな気配になってきた。

先日施工させていただいた立川市N邸のご主人よりメール有り。
仕事で沖縄に行かれていたらしく泡盛をくださるとの事。
仕事をさせていただきその上結構なお品まで頂戴できるとは・・・・。
感謝、感激で言葉にならない。
2007年7月7日(土)
監督員
板橋区の大学新築工事現場では所長以外に3名の監督員がいる。
その中で一番若いK君はがんばり屋である。
大手ゼネコンの28歳とは思えない感あり。
誠実でよく動く。
素直で学習能力が高いと言える。
無論大手ゼネコンの監督員の多くが・・・・と言っている訳ではない。
今の素直さのまま経験を積んで立派に出世してもらいたいと思う。

仕事で失敗してクビになったらウチで雇います。
2007年7月6日(金)
お酒
ここしばらく休みも無く現場も多忙を極めている最中ではあるが
昨日同業の仲間から「飲みませんか?」とお誘いを受けた。
今日の本題はここでは書けない辛らつなものであったが
(私には関係なく)彼には学習できる機会となった。
帰宅は23:00前であったが朝の眠さは強烈だった。
しかし現場に出ると1日分しっかり仕事ができた。
気を抜かずに日々がんばるのみ!
2007年7月5日(木)
虫君
先日の事である。
長男が自らの手でゲットしてきた。
ノコギリクワガタ・オス。
通常朽ちた木から生まれてくるものと思っていたが土を掘って捕ったとの事。
それはそれですばらしい。
 
2007年7月4日(水)
雨である。
疲れのあまり恵みの雨だと感じてしまう。

板橋区の大学新築工事では一日のロスも許されない厳しい工程が組まれ
私のところでは今がその時なのである。
だからここ何週かは休んでいない。
毎朝5:00には起床し帰宅は20:00である。 昨夜は21:30。
会社に通勤してくる職人たちはもっと早起きし帰宅は遅い。
皆がんばっているのだ。

降雨のため休みにしたがボーっとはしてられない。
労働保険の申告手続き(督促が来てびっくり!)に行ったり所用を済ませた。
事務所では膨大な仕事が山盛りとなっておりどこから手を付けてよいか分からないほどである。
最優先事項をピックアップして夕刻にギブアップ。
散髪に行ったり長男の虫君のフタを作ったりたな卸しをしたり・・・・
まだ先になりそうである。
2007年7月3日(火)
事故
ここで言う事故とは工事の不良などをさす。
私の施工ではめずらしいと言うか初めて。
ちょっと面白い(不謹慎?)ので日記に記す。

立川市若葉町K邸・・・昨年10月に施工
昨日、近所のリフォーム工事の際に自転車で通りかかって発見。
外構の塗装部剥がれ!
元々漏水していたのでやはりと言った感じである。
施工時にお客様には伝えていたが心配されているようで偶然にも電話を下さった。

  白くなっているのが剥がれ部、ちょっと手で剥いて広げた。
  実際はその左側にも“ふくれ”有り。
   
  
  
  原因は矢印部のすき間であると断言できる。
   

ブロック塀の天板部に埋められたアンカー、フェンスの受け金物が問題なのである。
このときの施工事例を見れば分かるが元々水が回り塗膜を押してふくれ~剥がれとなっていた。
剥がれ部にはプライマーを塗布し受け金物の取り合いにはシーリング材を施した。

“やはり”と書いたのは受け金物が上を向いておりシーリング材では無理があると判断し
手を付けなかったのがその訳である。

手すりを外して受け金物の中をに防水を施せば物理的に水は入らなくなる。
外構の塗装はサービス工事であったが時期を待って補修にあたります。 ハイ。
2007年7月2日(月)
リフォーム工事
たまに請け負っているリフォーム工事を施工した。
洗面所の洗面台交換とそれに伴うクロスの張替えである。
他トイレのクロス張替えも。
1日で施工が完了し一安心である。

雨で遅れぎみの板橋区の大学が心配である。
2007年7月1日(日)
新年度
今日から会社的には新年度である。
決算の結果が気になるところだが分かるのは大分先になるだろう。

昨夜はけやきクラブ(おやじクラブでは無い!)の夏祭り出店計画と
3名の新会員さんたちとの懇親会があった。
非常に楽しく盛り上がり今後が益々楽しみである。

帰宅したのがたしか25:30。
起床が5:00。

元気に1日作業に当たれた。
健康や安全には配慮しなければならないが・・・・・
まだまだ若いじゃん!!!